
INTERVIEW
NANGA PEOPLE
HIROTAKA TAKEUCHI
Alpinist

円熟期を迎えたプロ登山家が見出した、山との新たな関わり。
14サミッターが第二の故郷ネパールと次世代のために取り組むこととは?
14サミッターが第二の故郷ネパールと次世代のために取り組むこととは?
日本人として初めて、8000m峰全14座登頂を果たしたプロ登山家の竹内洋岳さん。14座登頂以降は未踏峰登頂・未踏ルート開拓の挑戦を続けてきた。このような登山家としての活動の傍ら、積極的に関わってきたのが国内外の社会貢献活動だ。「登山家として成長できたのはネパールのおかげ」と長く現地の農業支援を行ってきたが、近年、国内での野外教育・環境教育活動にも力を注いでいる。
「ヒマラヤ登山で得られた知識や経験を活かして学校教育では引き出すことのできない能力を野外で発揮させることで、次世代にとって新しい生き方や価値観を作り出す。そんな取り組みを行っています」

たとえば、竹内さんが主宰する、公益財団法人ノエビアグリーン財団による『山の教室』では、小学4年生から中学生までの児童・生徒を対象に、北アルプスの“最後の秘境”目指す年間プログラムを実施している。ソロテントでのキャンプに雪山登山……約1年間、トレーニングを積み重ね、チームとしてさまざまな野外活動に従事して団結力を高めてきた子どもたちが集大成として臨むのは、折立から雲ノ平への5日間に及ぶ山行だ。子どもたちの驚くほどの成長を間近にし、「山の世界に生きていてよかったと、しみじみ実感する」。なかには精神的に成長しすぎて、「学校をジャンプアウトしてしまいそうな子がいてひやひやしている(笑)」というが、野外教育にはそれほどの影響力があるということだろう。
一方、ネパールでの活動として力を入れているのが、同地のカーストの底辺であるカマイヤや不可触賎民の自立支援活動だ。
「南部のジャングルに暮らすタルー族の女性たちの雇用創出として、サラノキの葉を活用したプレートを日本で販売する事業をスタートしました。原資を必要とせず農閑期の手仕事として、女性たちが収入を得られるもので、女性たちの自立と生活の向上を目指しています。他者に搾取されない仕組みをつくり、運営や会計も村の女性たちが独自に行います」
実は、竹内さんの野外教育プログラムを履修した中学生が、タルー族が暮らすジャングルの村を訪ねたことがあった。野外教育を通じて成長を遂げた子どもとネパールの女性たちの取り組みを、ロープワークのように結び合わせた交流からは想像以上のケミストリーが生まれたという。
「まったく別の世界に生きる、人種、文化、世代も異なる人々をつなぎ、新しい価値の創出に貢献する—。ネパールに育てられた登山家として、自分が負った使命を実感した瞬間でした。ネパールと次世代への貢献として、今後もこういう活動に従事していきます」
NANGAと始めた新たなチャレンジ
野外教育や環境教育、社会活動を通じて山の世界と新たな関わり合いを見出した竹内さん。一昨年にブランドアンバサダーに就任したナンガとは、アルパインで培われた機能美を日常着に落とし込むという製品開発をスタート。これも新たな山との関わりといえるだろう。
「MOUNTAIN PEAKシリーズのDOWN WEARは、街で着ることを前提としつつも、ヒマラヤの過酷な環境で培われた形式美や機能美が盛り込まれています」
たとえば、バックパックを背負った際にダウンが潰れないよう、肩周りにあしらったパッド。厳冬期用の分厚いミトンをはめていてもスムーズに開閉できるファスナーには、雪がつかない生地で仕立てた前立てを設けた。
「特に注目していただきたいのはダウンパンツの仕立て。ナローシルエットで足さばきがよく、動いても突っ張ったりひっかかったりしない立体裁断が特徴です。レーシングスキーウェアを手がけていたデザイナーが人間工学の知見を生かしてつくってくれたもので、ダウンパンツ史に残る名作だと自負しています!」
次回はスリーピングバッグを手がけてみたい、と竹内さん。スリーピングバッグ界のベンチマークとなるような製品に、乞うご期待!
竹内洋岳(たけうち ひろたか)
1971年、東京生まれ。プロ登山家、立正大学客員教授。1995年マカルー(8463m)登頂を皮切りに、アルパインスタイルを取り入れた速攻登山で8000m峰を次々に登頂。2012年、世界で29人目、日本人としては初めて全14座完登を果たす。翌年、植村直己冒険賞、文部科学大臣顕彰スポーツ功労者顕彰を受賞。14サミッターとなった後は主に未踏峰ルートへの挑戦を行う。コロナ禍をきっかけに社会貢献活動を加速、次世代を担う子どもたちや自身を育ててくれたネパールに関する取り組みを続けている。